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 近未来寓話集 『日本を変えた<最初の一手>』


  2003/01/20修正 
 首相公選トーナメントの巻・第2話 「立候補資格試験・A級ライセンス」


 原立1年の4月。初めての「首相選挙」が実施されました。1月の国民投票で憲法第6条と第67条が改正され、国民の直接投票で首相を選出するようになったからでした。

 改正後の憲法では「内閣総理大臣は、国民の直接選挙で指名する。選挙方法は、法律でこれを定める」と規定しました。そして、その法律は通称「首相公選法」案として、憲法改正の是非を問う国民投票を実施する前に予め国民に明示されていました。

 その理由は「首相を選挙する方法を決めないままで首相公選制を実施する」ことは、国民の理解が得られないからです。逆に言うと、「首相公選法」案が提起した選挙方法に対して国民の多くが共感を覚えたからこそ、首相公選制が指示されたとも言えるのでした。

 首相公選法で特筆すべき点は「立候補資格試験」の導入でした。
 いままで日本の選挙では、日本国籍を有する者であれば一定の年齢に達するだけで、誰でもに立候補することができました。それが「自由社会の証」だと思っていたからです。
 
 その結果、議員としての必要な知識や見識どころか、社会的な常識に欠ける者でさえ、一定の得票数を獲得すれば誰でも議員や市町村長、知事になる事例がも増えたのです。ほとんどの候補者が当選して、議員や首長としての意見や見解を訊ねられると、当然のように「これから勉強します」と答えていたのです。

「そんなことも知らないで立候補したのかよ」
「そんなことは立候補する前にちゃんと勉強しておけよ」
 という声が、各地で選挙が実施される度に高まりました。

  
やがて「選挙に立候補する者に資格試験を課そう」という考え方が生まれたのです。それは
「選挙に立候補する者が、社会人として最低限の知識や見識、常識を有する人間であるか否かを確かめるためには、事前に試験を実施して、ある一定の成績を取れない者は立候補そのものを制限したほうがいいのではないだろうか」
という考えでした。

 有識者と称する人たちの中には、「それは誰でも立候補できる自由を制限することになる」と指摘し、試験制度の導入そのものに反対する人もいました。

 しかし、この反対意見に対して
「被選挙権が得られる年齢を、選挙権を得られる年齢より高く設定していることに対しては、誰もそれを被選挙権の制限だとは今まで誰も思わなかったではないか」
 とか
「立候補試験の受験資格を制限するのなら、被選挙権の侵害に相当するのだろうが、選挙権を得る年齢に達した者は、誰でも自由に立候補資格試験を受験することができるのだから、特に侵害や制限にはならない」
 という意見が国民の間に一気に浸透していったのです。

 中でも決定的な影響を与えた意見は次のようなものでした。
「泡沫候補を閉め出すために供託金制度があるが、それを、貧乏人が立候補できないないから廃止すべきだ、とは誰も言わないではないか」
「供託金はある一定の得票数を獲得した候補者には返還されるのだから、選挙民の支持を得られる自信の無い者を事前に排除する機能を発揮しても、当選の可能性のある者を排除することにはなっていない。それと同じように、資格試験も、常識的な知識や見識があれば合格するのだからなんら問題はない」
 これは、かなりの説得力があったようです。

 この首相公選法案は、新暦1年の1月に、初めての国民投票が実施される直前に公表され、憲法改正によって首相公選制の実現が決まった翌日に国会を通過しました。(近未来史年表参照

 立候補資格試験にはA級、B級、C級の3ランクが設けられました。A級とは、首相、国会議員、知事に立候補する資格です。ちなみに、B級は都道府県議会と市町村長に立候補する資格で、C級は市町村議会の議員選挙に立候補する資格です。

 まず、原立1年の2月にA級資格試験が全国8ヶ所で実施されました。首相選挙への立候補資格は首相公選法で25歳からと定められましたが、資格試験の受験は20歳からできることになりました。仮に試験に合格しても、25歳になるまでは立候補することはできないのです。

 それでも受験者数は全国で1万人を超えたのです。受験料は1人5万円でしたから、実施機関となった中央選挙管理委員会には総計で5億円の受験料収入があったのです。いままでは経費を使うだけだった選管ですが、思いがけない収入源を確保することができたのです。このことが後に官僚たちに思わぬ意識変革を生むことになっていたのです。

 でも、それは、また別の機会にお話しすることにしましょう。