五行歌
「原点思考」
2002/12/27更新 小久保 達
五行歌の基本を学ぶ
| ★五行歌は、半定型詩と私は言っています。詩歌には、定型詩と非定型詩がありますが、五行歌は行数だけが決まっていてあとは自由だからです。でも、どうしてもどちらかにせよというならば、定型のほうに入るでしょう。 ――草壁焔太著 『五行歌入門』p15 | ||||
| 定型を「制約」とか「規制」と感じてしまう人がいます。なかには「束縛」「抑圧」とさえ受け取ってしまう人もいます。 さらには、定型であるというだけで、「創作に限界をもたらす」とまで断定する人もいます。 実は、私自身がそうだったのです。でも、いまはその「思い込み」を取り払いました。 非定型詩という「自由な可能性」を選択したにもかかわらず、私はまったく詩作ができなかったのです。 「書きたいこと」がある(と思っていた)のに、「どう書いていいか分からない」ままでいたのです。 「制約がない」とか「束縛がない」ということが、そのまま「創作」に結びつくとは限らないのではないでしょうか? どのような分野でも、創作には「約束」や「規則」「制約」があります。 それらを否定するだけで終わらずに、突破しよう、乗り越えよう、というところから創作が始まります。 定型を意識したからこそ創作できるのだと思います。 絵画にはカンバスという「枠」があります。 写真にはフレームという「枠」があります。 映像には時間という「枠」があります。 文章には字数という「枠」があります。 もしかしたら、言葉というもの、そのものが、私たちの思考にとっては「枠」なのかもしれません。 言語活動には「枠」があるからこそ「まとめる」ことができるのです。 「枠」があるからこそ「凝縮」することを心がけるようになるのです。 「枠」があるからこそ意味や意志、意義、意志などを込めるのだと思います。 |
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| ★歌は、自分自身のほんとうの問題に立ち帰ることから、歌われるべきだとものだと私は考える。一首一首を辞世のつもりでと古くから言った のも、このことを言うのであろう。辞世ということは、いままでのすべてを総括し、自分のほんとうに言うべき一点に収斂して歌うことである。 ――草壁焔太著 『五行歌』2002年12月号・巻頭言 |
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| 自分の「ほんとうの問題」をいつも、明確にしていくおくことの重要性はわかります。 でも、このような場合の「問題」ということが、私にはいま一つわからないのです。 この場合の「問題」とは「困ったコト」「悩んでいるコト」「解決しなければならない懸案事項」などのコトでしょう。 あるいはやり残してきた「課題」のコトなのかもしれません。 私たちは、よく「問題」と「課題」を混同することがあります。 「いままでのすべてを総括」すると、私の場合、それはどのようなことに凝縮されるのでしょうか? 「時間」かもしれませんし、「言葉」かもしれません。 あるいは「 |
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